イベント詳細

第41回『日本の近代医薬発祥の地・大阪道修町(どしょうまち)に薬種問屋の歴史・文化美産を訪ねて、大阪再生の魅力づくりを考える』

大阪の美産会員 橋本 完さん企画の大阪美産研究・探訪会1

--このイベントは終了しました--


2006年11月22日(水)~2006年11月23日(木)開催

研究会:11月22日(水)夕方

探訪会:11月23日(木・祝日)

コニシ(旧小西儀助商店記念館)

大阪の発展は、7・8世紀の孝徳・聖武天皇による難波津の入口、上町台地の“難波の宮”造営に端を発して、太閤秀吉の大阪城築城期の町割り整備、江戸幕府の堀川開削、島之内の開発、西船場造成を伴う「天下の台所」づくりをへて、今日見る「水都大阪」に繋がります。その一郭を担う「道修町」は、太閤秀吉の街割り整備により誕生した町筋。
江戸時代には中国・オランダ等からの薬を一手に扱う「薬種中買仲間」の店が並び、我国に入る薬は一旦道修町に集まった後、全国に流通するルートが形成されました。このような歴史を背景に、現在も大手製薬会社の本社が多く存在し、全国で流通する薬剤の半分を取引する町に発展しました。

道修町は、日本近代医学の祖、緒方洪庵(1810~1863)開校の「適塾」が遺る町としても有名。福沢諭吉、大鳥圭介、橋本左内、大村益次郎等がここに学び、その後「適塾」は「大阪大学」へ発展。
道修町がある北船場は、大阪の凜とした文化と伝統を誇る地域で、上質な大阪弁を伝える土地柄で、22日の研究会では道修町で暮らし、その文化、伝統、言葉遣いの継承運動に立ち上がって大活躍の清水路子さんにお話を伺います。

研究会後の交歓会は、清水さんのお父さんが道修町に拓いたお店「彩食館・門」で行い、肩の凝らない雰囲気の中で、清水さんを囲んで「裏話」を含めて伺う予定。探訪会の当日は、道修町の護り神、少名彦神社の年に一度の「神農祭」の日。その賑わいを味わいながら「道修町の美産たち」訪ねます。


清水 路子

伝統を守るなにわの会・代表。大阪で生まれ育ち、道修町で40年以上にわたり暮らしてきたことから、昭和58年(1983)7月「なにわことばの集い」を結成、この集いから現在の会が誕生。古きよき難波・船場の伝統と文化を次代に伝えるため、放送番組などの大阪弁指導やNHK「ラジオ深夜便」などを通じて活動中。

橋本 完

昭和37年(1962)大阪生。ニューヨークPratt Instituteでモダニズム建築の師W.グロピウスの愛弟子、J.ジョハンソンに近代建築を学び、帰国後上田篤都市建築研究所で大学、博物館等の設計とまちづくり計画に従事後、現在はアトリエまほろ主宰。芸術を基に、建築とまちづくりの新しい価値喚起のため、アート・インキュベータを提唱。1995年大阪新世界で「タワーアートin通天閣」展主催。2003年より「匠が創る生活空間」のテーマを基に和魂和才プロジェクトを提唱し活躍中。


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